【パワプロ2020】1999吉田修司(ダイエー) パワナンバー【再現選手】

こんにちは。1999ダイエー再現の個別記事の続きです。

今回の再現選手は、移籍を期に中継ぎ左腕として覚醒したベテラン・吉田修司投手です。

 

パワプロ2020 再現選手 1999吉田修司選手1

パワプロ2020 再現選手 1999吉田修司選手2

 

パワナンバー:11400 81262 92111

<画像ファイル>

 

吉田修司(49)

愛知・滝高校→北海道拓殖銀行→読売ジャイアンツ(1989〜1994)→福岡ダイエーホークス・ソフトバンクホークス(1994途〜2006)→オリックス・バファローズ(2007)

<再現年度:1999年> 58登板 011S 53 1/3回 51奪三振 2.87

 

選手について

巨人時代は大型戦力の前に出場機会が限られていたが、移籍を機に能力を発揮した技巧派セットアッパー左腕。知名度こそさほど高くないものの、6年連続50試合登板を果たすなど1990年代後半〜2000年代前半のパ・リーグ中継ぎの中では屈指の安定感を誇った投手

 

1988年のドラフトで巨人にドラ1で入団。ソウル五輪出場の実績を買われたものだったが、即戦力の期待には応えられず。歴代トップクラスの質と量を兼ね備えた投手陣だった巨人には平均点左腕が付けいるスキはなかった。

1990年こそ21試合に登板し優勝に貢献するも、その後は二軍生活が続き1994年のシーズン途中にダイエーにトレード。結果的にはこれが転機に。

 

移籍直後こそ以前のような投球に終始したが、1997年に49試合登板を果たすと以後はリリーフの柱に成長。1998年と2001年にはホールド王(現在とは異なるもの)を獲得。毎年60試合前後に登板できる上に使い減りのない中継ぎ左腕へと変貌を遂げた。

実は技巧派のイメージに反して四球はそこそこ多め。それでも変化球と投球術を駆使して高い奪三振率を維持し続けた。

 

2004年に肩の故障でリハビリ生活に入ってからは不調となり2006年限りでホークスを戦力外に。それでも40代になってから移籍したオリックスでは36試合登板・防御率2点代と「最後の輝き」を見せつけた。

NPBでのコーチ生活を経て現在は愛知・豊川高校野球部のコーチ。

 

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能力について

球種:この年の江川本ではシュート>>カーブ>特殊球(パーム)。しかし他の年ではスライダーを投げている&吉田投手はスライダーの印象が強いので、今回はスライダーを採用しています。

対左B:対右被打率.303 対左被打率.227

逃げ球:被本塁打0

回復B:58試合登板、前後年で60試合以上登板

キレ○・緩急○:変化球が吉田投手最大の武器。

対強打者○:ローズ(近)・クラーク(近)・小笠原(日)・イチロー(オ)などパを代表する打者を得意にしていたシーズン。

 

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