こんにちは。
今回の再現選手は、不振に苦しみつつも終盤復調した鷹のスピードスター・村松有人選手です。
パワナンバー:11500 21225 52031
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村松有人(23)
星稜高校→福岡ダイエーホークス(1991〜2003)→オリックス・ブルーウェーブ/バファローズ(2004〜2008)→福岡ソフトバンクホークス(2009〜2010)
<再現年度:1999年> 110試合 .244(234-57) 0本 15打点 13盗塁 OPS.587
選手について
90年代後半から輝きを見せ始めたダイエーが誇るスピードスター。閃光のごときスピードで数多くの塁を奪った俊足好守の外野手。のちにオリックスでも活躍。
1990年のドラフト6位でダイエーに入団。入団当初から俊足ぶりは高く注目され、2年目から一軍に出場し始めている。
1995年に規定打席不足ながら.308と32盗塁を決めて注目されると、翌1996年には58盗塁を決め盗塁王に輝く。浜名千広選手とともに、将来のダイエーを背負って立つリードオフマン候補として期待された。
だがここから長いトンネルにハマってしまう。原因は長打力不足。2002年までで2500打席以上に立ちながら通算2本塁打とパワーに欠け、柴原ら後輩の後塵を拝していた。
再現年度の1999年も、前半は柴原の台頭により守備走塁要因が中心。それでも終盤につれて調子を上げ、日本シリーズではスタメン復帰を果たしている。
彼の転機となったのは2003年。この年に就任した新井宏昌コーチとの二人三脚で打撃改造に着手すると、この年だけで6本塁打と13三塁打をマーク。新たな姿を見せてダイエーの優勝に貢献。
天然芝の球場を求めてFAしたオリックスでも2度の規定3割を果たし、30代にして巧打者へのモデルチェンジを果たしている。
2009年から出戻りトレードでホークスに復帰。2010年に引退してからは長年ホークスのスタッフとしてスカウトやコーチを歴任している。
能力について
走塁B:安打のうち三塁打割合が非常に多い選手。この年は2本のみだが翌年から2年連続で6三塁打を記録。
送球B:弱肩として知られているが地味に捕殺は多い。前後年は6捕殺(この年は4補殺)
流し打ち:(99年は逆方向データがないので不明だが)96年と97年の打球割合からは逆方向安打が多め。
内野安打○:99年はデータが(ry イメージ的にもあって良いはず。
ヘッドスライディング:付け忘れました。本来は代名詞です。
チャンスC:得点圏打率.286。対左と合わせて特能過剰にしたくなかったのでC止まりに
対左C:対右.238 対左.281。Cの理由は上記と同じです。
盗塁E:盗塁成功率68.4%(19-13)。盗塁王のイメージが強いが、90年代の村松選手は「よく成功しよく失敗する」積極盗塁タイプ。
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